三木流鋳法と大筒鋳法
広島市工芸指導所 石谷凡夫
いつの世にも,世間に公表できない門外不出の秘密は必ずある。これは社会生活を営む上での不文律であるともいえよう。とりわけ封建社会にあっては,技の道においても,その極意は限られた後継者のみに伝えられ,決して公開される事がなかった。
このことは鋳物の世界においても同様である。
江戸時代末期,黒船到来で騒然とする我が国内は,各藩こぞって国防対策をたて,藩をあげて軍事施設の建設,武器(大砲,鉄砲および弾薬)の製作に躍起となっている。
この非常時,鋳物師は大砲の製作において,素材の鋳造を受けもつ重要な役割を担っていた筈である。
安芸藩は,藩営の鋳砲場を,場外の広瀬村(現在広島市中区広瀬町)に設け,藩内鋳物師を数多く徴発しているが,遠隔地に居住している人達にまでは及んでいない。
だが,徴発は免れたといっても,安隠に自家営業を続けることに気兼して,藩への協力を志し,自己の職を生かした鋳砲の製作を申し出る鋳物師もいた。
大筒献上仕度御願申上書附
三木十左衛門様流儀
1.大筒弐挺 但シ棒火矢之筒 無基
目方 壱挺拾弐貫目位
右ハ私共先代カラ鋳物師職 御免許被為仰附 是迄職業相続仕難有奉存候 然ル処 近年黒船渡来ニ附 御防御舟方御上向ニオイテモ御配意被為遊候御様子ニ附 私共年来御蔭ヲ以職業相営居申候義ニ御座候故 御国御為冥加之大筒弐挺献上仕度奉存候間 何卒御聞届御免被為仰附被下候ハハ難有仕合可奉存候 尤順調居吹仕度 此段宜御願被仰上可申上候
以上
酉六月
鋳物師 白市村 惣十郎
庄屋 隆介 殿
同 兵十郎殿
組頭 太平 殿
右之通願出 小内相ハカリ申候処 前年来御蔭ヲ以職業仕候義故 御国恩為冥加 鋳調献上仕度ト願出申候間 何卒御聞届御免許被為仰附被下候様 宜被仰上可申上候 為其書附差上申候
以上
酉六月
庄屋 隆 介
同 兵十郎
組頭 太 平
割庄屋 毎太郎殿
右之通願出申候ニ附 得斗相ハカリ申候処相違無之御座候 全御国恩為冥加献上仕度志願ニテ是似テ何社内金等御座候義ニハ無之御座候間 何卒願之通リ御許可被為遺候ハハ 難有仕合可奉存候 仍而書附取次差上候
酉六月
割庄屋 毎太郎
賀茂郡 御役所
国恩に報いるため,大筒二門の献上を願い出たものである。
この願い状に印された三木十左衛門流儀の大筒製作法が当時,安芸藩で採用されていたのであろうか。
三木十左衛門その人については不明であるが,藩内における鋳砲の指導者であったものとみられる。
ともあれ,大筒の製作が許可されたのであるが,三木流と呼称する鋳法とは,どんな鋳造法であるか。その秘伝書をみてみよう。
●三木流鋳法
1.生子 但三度吹流灰汁ヲ去リ 吹流調候上ニテ左之通金合之事
1.生子(赤金) い母目(十貫目)
1.亜松(亜鉛) か母目(一貫目)
1.易 (錫) キ吾目(二百目)
1.(吹紙?)ケソ目(四十目)
右新金鋳立之法
●古金合法
1.地金 但壱度吹流錆ヲ去リ 吹流調候上ニテ左之通金合之事
1.地金 い母目
1.亜松 ク吾スソ目(三百八十目)
1.易 エソ目 (九十目)
1. ケソ目
但地金吹流共 鏡ハ一丹用ヒ不申御色付法
1.水壱升ニ付
1.タンパン(丹礬,硫酸銅) カ両(1両,四匁)
1.ロウハ(緑礬,硫酸第一鉄) ク両(三匁)
1.石㐬(硫黄) キ匁(二匁)
1. (塩) キ匁
1.乍 (酢) 少シ
右親子兄弟タリ共堅可秘之者也
三木十左衛門
文久元年 辛酉九月吉辰 一貫(印)
賀茂郡白市村
鋳物師 惣十郎どの
砲身の材料となる地金配合を示した秘法と言えるが,梵鐘の材料と異なる点はどこにあったのだろうか。当時,銅製大筒の材料はこうした配合が大勢を占めていたとも解される。市井の鋳物師が,鋳砲ゐ製作するにあたり,新技術の導入という局面が必要であったことがうかがえて面白い。
それにしても,秘伝らしく符号で印され,一読しただけでは難解である。惣十郎とて解説をうけており,彼のメモから引き出したものを併記しておいた。
さて,三木流鋳法を基に,大筒二門が鋳造されたのは,秘法伝授後間もなくであろう。だが,砲身の素材はできたが,仕上げに手間どり役所から催促状がきている。
態申遺ス
其村鋳物職惣十郎 献上之大筒 鋳造相整候得共 未タ仕揚出来不申候趣ニテ来正月差出度申候処筒様子(仕上)方一応三木十左衛門立会,筒様(?)之相済候上其段申出候ハハ差出方及差図可申者也
酉十二月
賀茂郡 御役所
庄屋 隆 介
同 兵十郎
組頭共
いずれにしても三木十左衛門の指導を受けて,早々に献上を行うよう指示したものであろう。しかし,実際の献上は翌年五月になっている。
大筒相整候趣申上ル書附
1.大筒二挺 但棒火矢
右御国恩為冥加献上仕度段 御願申上候御免許被為仰附 先達鋳造仕三木十左衛門様御屋敷江差出御見分 仕揚相整放様相済申候 但又兼テ無基之御免許ニ御座候得共大筒二挺分上基摺リ其矢倉共 悉皆為冥加献上仕度奉存候間 相整申候間此段宜敷被仰上可被下候 但持出シ方如何仕候哉 是又御伺イ奉申上候間 御下知之程奉希上候
戌五月
鋳物師 惣十郎
庄屋 隆 介殿
同 兵十郎殿
組頭 太 平殿
右之通 惣十郎カラ申出仕候間 何卒御献上相整候様 御取成之程宜奉希上候 為其書附奉差上候
戌五月
庄屋 隆 介
同 兵十郎
組頭 太 平
賀茂郡 御番組衆中様
昨年の献上願書では,大筒の台座や櫓など除外していたが,せっかくの機会だから一式献上しようという。やや度が過ぎる報恩心とも思えるが,反面約半年近い納期遅れに対するつぐないであったかも知れない。
それにしても,準備期間を入れると,約1年間,大筒製作に取り組んでいたことになるが,初めて之仕事だけに,その苦労は計り知れないものがあったと思う。
草深い山村の一鋳物師の苦心作といえる大筒が,実際に役立つ機会があったのかどうか知るすべはない。
(井原家古文書より)
三木十左衛門流儀
大筒(棒火矢)
(※)本読み物は(社)日本鋳物協会中国四国支部発行の支部会報 こしき からの転載で無断転載などは禁じております。
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